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大仏寺・洋人街


【重慶ケーブカーの歴史】

「纜車」と中国語で書きますと判り難いですが、日本語で言う「ケーブルカー」です。

重慶は坂の多い街であることから、かつてケーブルカーは重慶を代表する交通機関であり、市内の随所で目にすることが出来ました。

嘉陵江濱江路を車で走っていると、洪崖洞の朝天門側すぐ隣に、何やらケーブルカー(右写真)のようなものがあることに気付かれた方もいらっしゃるのではないかと思います。

この場所へは、洪崖洞から滄白路を朝天門方向へ進み、綿花街を左折するとすぐ左手に左写真のような記念碑が建っていますので、この記念碑横の階段から行くことが出来ます。

右写真の近くに寄ってみますと、置いてあるのはケーブルカーのレプリカであり、かつて重慶の主要交通機関であったことを記念して設置されたものとのことでした。

この階段を更に下っていくと嘉陵江の川辺まで降りることが出来ます。

このページを書いております2013年夏時点では、ちょうど橋の工事が完成に近づきつつあることから、右写真のように、あと少しで繋がる様子を見ることが出来ます。

重慶で最初に設置されたのは「望龍門ケーブルカー」であり、1944年7月に起工、翌年4月に竣工し、5月16日に開通しています。

望龍門ケーブルカーは、当時、最先端エリアであった白象街の近くにあったそうで、幾つか当時の写真を見つけましたので、以下に転載します。

左から、開通当初、70年代、80年代の様子です。

    

その後、重慶市内の千厮門、朝天門、菜園覇、両路口、臨江門、儲奇門、龍門浩などにケーブルカーが建設されました。

市中心部で最後まで現役で頑張っていたのは朝天門ケーブルカーです(右写真)。

1983年起工、1984年10月1日より営業を開始していましたが、安全基準が厳しくなった近年になってから、万一ケーブルが切断した場合の安全装置が無いとの理由で、2007年5月に残念乍ら運航停止となってしまいました。


【<おまけ>ケーブルカーとロープウェイについて】

中国語の「纜車」は、「鋼縄を用いて牽引し人や貨物を輸送する設備の総称」であり、日本語で言うところの「ケーブルカー」と「ロープウェイ」の両方を含んでいます。

特にロープウェイを特定して呼ぶ場合は「長江索道」のように「索道」とも言いますが、両者の利用には混乱が見られます。

どうも調べて見ますと、ケーブルカーとロープウェイの混乱は、英語でもあるようで、イギリス英語で「Cable Car」といえば、日本語の「ロープウェイ」を指すようです。

日本語でも、ロープウェイやゴンドラリフトのことを「索道」と呼んでいるケースもありますが、「ケーブルカー」とは線路がある鉄道形式で鋼縄を用いて牽引されるタイプのみを指すことが一般的なようです。


(2013年8月)