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虹口を歩く(1)


【湖広会館の歴史】


湖広会館は清代に建築され、その後、度重なる改築や拡張を重ねて現在に至っています。

中国では古来より多くの街の間で人々の往来がありましたが、ここ重慶も、長江沿岸の都市として古くより栄え、多くの人々が集まる都市となっていました。

当時、重慶には各地方別の「同郷会」が多数組織され、この湖広会館も、当時の「湖広省」(下注)出身者が集まった場所であり、現在、重慶で最もよく保存されている同郷会建築です。

<注:湖広省>
現在でいうと、概ね湖北省と湖南省+広東省・広西チワン族自治区の一部のエリアに存在していた行政区分です。宋代頃にはその名前が見られ、明代には現在の湖北省・湖南省のエリアとなり、1376年に正式に湖広省の名称となりました。その後、1664年に現在の湖北省・湖南省に分離されました。


【湖広会館の建築物】

以下に主な建築物をご紹介します。

<禹王宮>

この禹王宮が、所謂「湖広会館」の中の、本来の湖広会館の部分です。
乾隆15年(1750年)に建築され、現存の建物は道光26年(1846年)に再建されたものです。
<第居区>

禹王宮を入ると古い看板を集めて展示した場所があります。
主に清代の看板で、なかなか見応えがあります。
<広東公所>

湖広会館が湖広省出身者の同郷会だったの対して、こちらは広東省出身の同郷会の建物です。
乾隆25年(1760年)頃に建設され、その後何度か改築されています。
<斉安公所>

こちらは現在は中がレストランになっています。



【湖広会館への行き方】

湖広会館は重慶市の中心部である渝中区の更に中心部からそれほど遠くありませんので、色々な方法の行き方があると思いますが、私は往路は地下鉄、復路はバスで行ってみました。

地下鉄で行かれる場合、1号線の小什字駅で下車し、打銅街方面の出口で外に出ます。

打銅路を下って行くと陝西路に突き当りますが、更に直進する非常に細い階段(左写真)が伸びていますので、迷わずそこを下って行って下さい。途中で何度も「本当にこの道で大丈夫か?」という位に細い路地裏通りを進みますが、そのまま下りきると嘉陵江濱路の朝天門トンネル出口付近に出ます。

そこを右に右に曲がれば湖広会館(以下地図Aは目の前です。

バスで行かれる場合は「湖広会館」下車(以下地図 B)が便利です。

     


【東水門】

湖広会館と長江濱江路の間には「東水門」という古城壁と水門が残っています。
東水門は長さ約230m、門の幅約3.1m、高さ約4.5m、厚さ6.6で、明代に建設されたものです。

かつてはこの門の上に楼閣もあったそうです。

城壁を良く見るとかつての色々な造作の後が見て取れるなど、重慶の歴史を今に伝える貴重な文化財です。

尚、重慶城の城門はこの東水門の他、数か所しか残っていません。

(2012年5月)