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大仏寺・洋人街


【豊都県】

豊都県は重慶市中心部から東に約170kmの長江沿いにあり、古代、重慶地域を支配していた「巴」国の主要都市として栄え、後漢(中国語では東漢といいます)の永元2年(西暦90年)には現在の豊都県の地名が見えることから、1900年近い歴史を誇る歴史ある街です。

『西遊記』」、『説岳全伝』、『聊斎志異』、『鐘馗伝』など多くの書物にも登場します。

尚、旧市街地中心部は長江北岸にありましたが、2003年の三峡ダム第二期蓄水に伴い水没することとなった為、現在の市街地は長江南岸に移転しています。


【鬼城】

豊都は「鬼城」とも言われています。

日本語で鬼というと、角と牙が生えた毛むくじゃらの大男、地獄の獄卒、といったイメージですが、中国語の「鬼」は日本語とはやや異なり、英語の「ゴースト」に近い概念ではないかと思います。

全く余談ですが、開発に失敗して無人となった所謂「ゴーストタウン」のことを中国語では「鬼城」と呼びます。また以前ヒットしたホラードラマ「着信アリ」の中国語タイトルは「鬼来電」です。

豊都を鬼城と呼ぶようになった由来ですが、漢代に陰長生と王方平という二人がこの山で仙人となる修行をしたとの伝説があり、二人の姓から「陰王」と呼ばれ、これがやがて「陰の王が住むところ」という意味に転じ「鬼城」と呼ばれるようになったとのことです。

鬼城周辺のお土産物屋では、本来の鬼城の意味よりも、寧ろホラー的なゴーストの意味にあやかって、最早宗教とは何の関係もないハロウィンのようなゴムマスクが大量に販売されていました(左上写真)。

山頂の天子殿に祀られているのは閻魔大王(右上写真。尚、閻魔大王は中国語では通常「閻王」と言います)です。

現在、鬼城全体が地獄の様相を再現するテーマパーク的な雰囲気にも若干感じられます。


【豊都鬼城の歩き方】

重慶市中心部から高速道路でも行けるようですが、率直に言って、ここのみの観光の為に時間を掛けてくるほどの価値は無いように思います。

筆者は三峡下りの途中で見学しましたが、そのルートが恐らく最もお薦めです。

三峡下りの途中に見学の場合は、近くの船着場から電動カートで山門まで移動します(右上写真)。

山門を過ぎると小さな土産物街を抜けた正面に巨大な入場用の建物(本ページトップ写真)があり、ここで入場券を購入して中に入ると、あとは只管山を上りながら見所を見物していくことになります。

筆者は国慶節期間中に訪れてしまいましたのでとんでもない大混雑だった為、途中までは帰路用の裏にある坂道で登りましたが、通常であれば、素直に参道を登っていくのがお薦めです。






最後に、やや不鮮明ですが鬼城の園内地図を貼っておきます。





(2013年10月)