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大仏寺・洋人街


軽軌1号線若しくはバス停「七星崗」で下車し、中山一路を民生路・臨江門方向へ進むと右写真の看板が右手に見えてきます。

この看板で右折し、路地を入ったところに、大韓民国臨時政府跡が残っています。

現在、建物内部は陳列館になっています(入館料無料)。

「大韓民国臨時政府」と言いますと、通常は上海にある方を思い出される方も多いかもしれません。

<大韓民国臨時政府管理処HP>
http://dh.luwan.sh.cn/indexcn.html


「三・一独立運動」から、内外の朝鮮人の間に独立運動が広がっていましたが、当時、特に上海には朝鮮人独立運動家が多く集まっていた為、1919年4月、上海にて「大韓民国臨時政府」が設立されました。

然しその後、日中戦争が勃発したことから、大韓民国臨時政府は1940年に上海から重慶に移転することとなります。

終戦の年である1945年、臨時政府には約100名の職員が働いており、重慶在留韓国人は600名程度であったと言われています。




大韓民国臨時政府の内部は以下の通りです。
非常に良く整備された展示室になっており、当時の様子を伺い知ることが出来ます。



尚、大韓民国臨時政府とは関係ありませんが、中山一路・民生路を臨江門方向にもう少し進んだ場所には以下のような歴史スポットもあります。

<巴蔓子墓>
古代の将軍墓らしいのですが現在はビルの柱に遺跡の碑があるのみです。


<新華日報>
中国共産党機関新聞である新華日報の旧社屋です。中は非常に簡単な展示室になっています。


(2012年7月)