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大仏寺・洋人街


【巴国について】

今から2000年以上前、現在の重慶市・四川省東部周辺には、紀元前316年に秦に滅ぼされるまで「巴」という国がありました。

高校で世界史を習われた方でも、中国古代史で「巴」などという国の名前はご記憶に無いかと思います。

中国史にご関心が高い方は恐らく覚えていらっしゃるかと思いますが、有名な「戦国の七雄」、つまり「斉・楚・秦・燕・韓・魏・趙」の7ヶ国の中でも最も西にあるのが「秦」であり、その更に西にある「巴」は中国古代史には登場しません。

これは当時の中国において、このエリアはまだ「中原」を中心とした中国文化エリアに含まれていなかったことを意味しています。

実際に遺跡・遺物を見ますと、明らかに中原の文化とは異なっています。

左写真は巴人博物館の奥にある公園に置かれていた銅像ですが、どちらかと言えば寧ろ三星堆遺跡に見られるような雰囲気すら感じ取れます。

余談ですが、「巴」という字は、日本語では訓読みの「ともえ」として、太鼓などに描かれるマークの「三つ巴」、柔道の「巴投げ」、などにも使われている馴染みのある漢字ですが、現代中国語ではまず使うことはありません。

手元にあった『古代漢語詞典』(四川辞書出版社、2000年)で調べると、@蛇名、A古族名、(B以下は省略)とあり、元々は蛇に関連する文字だったようです。


【巴人博物館への行き方】

巴人博物館は重慶市九龍坡区にありますが、交通の便は決して良くありませんので、タクシーが捕まるならばタクシーで訪れる方が確実です(但し重慶は他の大都市に比べてタクシーが捕まりにくい為、ご注意下さい)。

私は地図上では最も近いと思われた地下鉄2号線「馬王場」駅を下車し、徒歩で訪れましたが、この方法はあまりお薦めしません。

地図上の最短距離を歩けば1km強ですが、その途中は金属関連の小型工場や卸売市場が立ち並ぶエリアで、殆ど工場内通路のような道を横切っていくことになります。

右写真は金属部品卸売市場で見かけた、何かのチューブを売り歩くおじさんです。全身にチューブを巻きつけつつも、帽子とリュックがちょっとお洒落でした。

巴人博物館は、その前に非常に大きなお茶市場があり、また周囲にも多くのレストランが立ち並ぶ、整備されたエリアとなっています。

左写真はお茶市場から撮影した巴人博物館です。

何故こんな送電線が通っているところに建ててしまったのか解りませんが、送電線をよく見ると、電柱の下の方は古代レリーフ風になっていて、妙なところは芸が細かい作りとなっています。


【巴人博物館】

城壁のように立派な博物館の門をくぐると、その先は単なる公園があるのみです。

私はてっきり城門の中に博物館があるものとばかり思っていたのですが、実はこの城門自体が博物館になっていました。

城門をくぐって左に回ると、右写真のような博物館の入口があります。

中は2階建で、巴に関する遺物の展示とパネルによる説明が配置されています。

リニューアルされたばかりのようで、展示は非常に新しく、しっかりとしていました。

但しそれほど広くはありませんので、パネルをきっちりと読み込まれるならば兎も角、普通のペースで見学されるのであれば、30分もあれば十分だと思います。








【おまけ】

私が訪れた日は決して天気は良くなかったのですが(但し薄っすらと太陽が白いモヤの上に見えていましたので、重慶的には晴れと言えるかもしれませんが)、巴人博物館の奥にある公園は、結婚記念写真ラッシュでした。

中国では結婚式の前に、結婚衣装を着て景色の良いところで写真を撮影するのが流行していますが、重慶ではこの巴人博物館の公園も人気スポットのようで、この日も確実に10組以上が写真撮影に勤しんでいました。

右写真は景色の良い橋の上で写真を撮るカップル(右側)と、順番待ちをする次のカップル(左側)です。

写真には写っていませんが、橋の袂から左右を見ると、更に各々1組のカップルが写真撮影をしていました。

(2012年9月)